
ヨガを続けていると、ときどき「もっと深く学びたい」と思う瞬間があります。
アーサナをもう少し丁寧に練習したい。
呼吸や瞑想についても知りたい。
ヨガ哲学を、知識としてではなく自分の生活とつなげて理解したい。
けれど、日常生活の中でまとまった時間を取り、朝から夜までヨガだけに向き合うことって、なかなか叶いませんよね。
仕事をしながらヨガを教えている人。
家族との生活の中で練習を続けている人。
資格を取得したあとも学び続けたいと思っている人。
毎日の生活があるからこそ、ときにはそこから少し離れ、自分自身の練習と学びに集中する時間が必要になることがあります。
OMYOGAでは2026年9月30日〜10月2日の3日間、京都で「OMYOGA Living Retreat」を開催しました。
そして2027年も、9月17日〜19日の3日間、Living Retreatを開催します。
ここでは、2026年に実際に行ったリトリートの内容や参加者の声をもとに、OMYOGA Living Retreatがどのような時間なのかをご紹介します。
ヨガを「習う」だけではなく、ヨガの中で過ごす3日間
リトリートという言葉から、自然の中でゆっくり休む時間を想像する方もいるかもしれません。
もちろん、日常から離れて過ごすことも大切です。
ただ、OMYOGA Living Retreatが大切にしているのは、休むことだけではありません。
アーサナ、呼吸、瞑想、哲学を一つの流れとして経験すること。
2026年のリトリートでも、3日間を通して複数のアーサナクラス、プラーナーヤーマ、瞑想、マインドフルネス、ヨガ哲学、バガヴァッド・ギーター、バクティ、キールタンなどを行いました。
一つひとつだけを見ると、異なる内容に見えます。
けれど、その根底には共通していることがあります。
それは、
「今、自分の中で何が起きているかを見ること」です。
身体を動かしているときに、どこに力が入っているのかを見る。
呼吸しているときに、その呼吸がどのように変化しているのかを見る。
瞑想の中で、どのような思考や感情が生まれているのかを見る。
哲学を通して、自分は何を大切にして生きているのかを見る。
ヨガを一つのポーズや技法としてではなく、自分自身を観察するための実践として経験していくこと。
それがLiving Retreatの中心にあります。

いつものアーサナを、いつもとは違う視点で見る
ヨガを続けていると、少しずつ「自分のやり方」ができてきます。
得意なポーズ。
苦手なポーズ。
いつもの身体の使い方。
いつもの呼吸。
その積み重ねは大切ですが、ときには、その慣れによって見えなくなっていることもあります。
2026年のリトリートでは、複数の講師がそれぞれ異なる視点でアーサナクラスを担当しました。
ある参加者からは、
「自分にもまだ挑戦できることがあると感じられる時間でした。」
という声がありました。
長くヨガを続けていると、「これはできない」「ここまでが自分の限界」と、無意識に決めてしまうことがあります。
けれど、先生から別のアプローチを教わったり、サポートを受けたりすることで、今までとは違った身体の感覚に出会うことがあります。
一方で、OMYOGAでは「難しいポーズができるようになること」だけを目的にしているわけではありません。
プロップスを使って身体を支えてみる。
普段ならそのまま通り過ぎてしまう肩や股関節、肋骨、背中の動きを確認する。
形を深める前に、どこに力が入り、どこが動きにくいのかを見る。
参加者からも、
「プロップスを使うことで、自分の身体をこれまでとは違う角度から感じることができました。」
という声がありました。
アーサナは、ポーズを完成させるためだけのものではありません。
自分の身体が今どうなっているのかを知るための、とても具体的な方法でもあります。

呼吸を丁寧に見る時間
1日目には、プラーナーヤーマの時間も設けました。
呼吸法というと、
「何秒吸うのか」
「何秒吐くのか」
「どの呼吸法を行うのか」
という技術に意識が向きやすいものです。
けれど実際の練習では、その前にどのように座っているか、どこに緊張があるかというところから確認していきました。
坐骨を安定させる。
背骨を無理に伸ばしすぎない。
眉間や首、肩に入っている力に気づく。
そのうえで呼吸に注意を向けていきます。
呼吸は普段から無意識に行っているものです。
だからこそ、あえてそれを観察すると、自分の状態がとてもよく見えてきます。
落ち着いているときの呼吸。
緊張しているときの呼吸。
頑張っているときの呼吸。
無理をしているときの呼吸。
参加者からは、
「呼吸に集中していくことで、いつもより雑念が少なくなっていくのを感じました。」
という感想もありました。
アーサナから呼吸へ。
大きな身体の動きから、より小さな変化へ。
対象が少しずつ繊細になることで、自分を見る感覚も変わっていきます。
瞑想を「座っている時間」だけで終わらせない

2026年のリトリートでは、瞑想とマインドフルネスについて学ぶ時間もありました。
ここで扱われた大きなテーマの一つが、刺激と反応の間に余白をつくることでした。
私たちは日常の中で、さまざまなことに反応しながら生活しています。
何かを言われて腹が立つ。
思い通りにならず焦る。
誰かと自分を比べる。
不安になり、すぐに答えを出そうとする。
多くの場合、その反応はとても速く起こります。
けれど、
「今、自分は腹が立っている」
「今、不安になっている」
と気づくことができれば、その反応との間にほんの少しスペースができます。
瞑想は、感情をなくすためのものではありません。
思考を完全に止めるためのものでもありません。
自分の中で起きていることに気づき、それにすぐ飲み込まれないための練習でもあります。
そして、この時間の中でもう一つ印象に残ったテーマが、自分を守るためにつけている「鎧」についてでした。
参加者からは、
「『弱い自分を守るために、人は鎧を身につける』という話が、今の自分にとても深く刺さりました。少しずつ鎧を脱いでいき、ありのままの自分でも大丈夫と思える自分になれたらいいなと思いました。」
という声がありました。
私たちは、自分を守るためにさまざまなものを身につけます。
できる自分。
強い自分。
失敗しない自分。
人からきちんとしていると思われる自分。
それらが必要な場面もあります。
けれど同時に、その鎧があることで、自分が本当は何を感じているのかが分かりにくくなることもあります。
ヨガを続けている人ほど、身体の緊張には気づけても、心に入っている力には意外と気づきにくいことがあります。
身体の力を抜くように、心にも余分な力が入っていないかを見る。
これもまた、ヨガの実践です。
ヨガ哲学を、知識だけで終わらせない
OMYOGA Living Retreatでは、哲学の時間も大切にしています。
2026年は『バガヴァッド・ギーター』を、二つの異なる視点から学びました。
一つは、ヴェーダの世界観から。
もう一つは、バクティの視点から。
同じバガヴァッド・ギーターを扱っていても、どこから見るかによって、見えてくるものは変わります。
講義の中では、
「自分にできる行為は何か」
「結果をどこまで自分でコントロールしようとしているのか」
「自分が果たすべき役割とは何か」
といったことも扱われました。
これらは古い哲学の話だけではありません。
仕事で結果を出そうとするとき。
子育てをするとき。
人間関係に悩むとき。
何か大きな選択をするとき。
私たちの日常そのものにつながる問いです。
バクティの時間には、「結果を手放す」だけではなく、行為そのものを捧げるという考え方にも触れました。
最後にはキールタンも行い、声を出し、音を通して教えを経験する時間になりました。
参加者からは、
「以前はヨガ哲学の言葉が自分の中にしっくりこない感覚がありましたが、今回は初めて、もっとヨガ哲学を知りたいと思えました。」
という声もありました。
ヨガ哲学は、難しい言葉を覚えるためのものではありません。
自分がどう生きるのかを考えるためのものです。
だからこそ、人生経験が変わると、同じ言葉を聞いても受け取り方が変わります。
以前は分からなかった言葉が、何年か経って突然自分の経験とつながることもあります。
一度学んで終わりではなく、何度も戻ってくる。
それも、ヨガ哲学の面白さです。
3日間続けて練習するから見えてくるもの

普段の生活の中でも、1時間のヨガクラスに参加することはできます。
オンラインで講義を聞くこともできます。
瞑想をすることもできます。
けれど、
朝に身体を動かし、
その後に呼吸を学び、
瞑想をし、
哲学について考え、
翌朝また身体を動かす。
このように異なる実践を連続して経験する機会は、それほど多くありません。
この連続性が、リトリートの大きな特徴です。
身体を丁寧に見たあとだから、呼吸の変化に気づきやすくなる。
呼吸を観察したあとだから、瞑想で起きていることが見えやすくなる。
瞑想したあとだから、哲学の言葉が自分の経験と結びつく。
別々に学んでいたものが、少しずつ一つにつながっていきます。
そして、リトリートには講義やクラス以外の時間もあります。
食事をする。
人と話す。
一人で過ごす。
朝起きる。
夜眠る。
その時間も含めて、自分がどのような状態で過ごしているかを見ることができます。
だから、私たちはこのリトリートをLiving Retreatと呼んでいます。
ヨガ講師も、一人の練習生に戻る
このリトリートは、特にヨガ講師の方にも参加していただきたいと思っています。
人にヨガを伝えるようになると、自分自身の練習よりも、クラスを準備したり、生徒を見る時間の方が長くなることがあります。
「次のクラスで何を伝えよう」
「この人にはどう指導しよう」
と考える時間が増えるほど、自分がただ練習するだけの時間は少なくなっていきます。
だからこそ、ときには先生という役割をいったん置いて、一人の練習生に戻る時間が必要です。
誰かに伝えるために学ぶのではなく、自分自身のために練習する。
正解を出すためではなく、自分の身体や心を観察する。
それは結果的に、その後の指導にもつながっていきます。
けれど、まずは自分のために行う。
OMYOGA Living Retreatでは、その時間を大切にしています。
こんな方に参加してほしいリトリートです

OMYOGA Living Retreatは、難しいアーサナができる人だけのためのリトリートではありません。
一方で、ヨガをまったく初めて体験する方のためのイベントとも少し違います。
ヨガを続けてきて、
「もう少し深く学びたい」
と感じ始めた方に来ていただきたいと思っています。
ヨガ講師として活動しているけれど、自分の練習時間が少なくなっている方。
RYT200やRYT500などの養成コースを修了したあとも、学びを続けたい方。
アーサナだけでなく、呼吸や瞑想、哲学にも関心が広がってきた方。
一人で練習することが多く、時には先生や仲間と学びたい方。
そして、日常から少し離れ、自分自身のためにヨガをする時間を持ちたい方。
ヨガ歴の長さやポーズの完成度よりも、学びたいという気持ちを大切にしています。
2027年9月17日〜19日、再び京都で開催します
次回のOMYOGA Living Retreatは、
2027年9月17日(金)〜19日(日)
に開催します。
2026年とまったく同じ内容を繰り返すということではありません。
その年に必要だと考える先生やテーマを組み合わせながら、身体・呼吸・瞑想・哲学を総合的に経験できる3日間をつくっていきます。
新しい知識や技術を増やす。
それも大切です。
けれど、ときには、すでに知っていることをもう一度、自分自身の身体や経験を通して学び直すことも必要です。
いつも行っているアーサナを丁寧に見る。
いつもしている呼吸に注意を向ける。
すぐに反応している自分に気づく。
自分が何を大切にして生きているのかを考える。
そして、その経験を日常へ持ち帰る。
ヨガを学ぶためだけではなく、ヨガとともに生活するための3日間。
2027年9月17日〜19日。
一度、仕事や家庭、先生という日常の役割から少し離れて、一人のヨガの練習生として過ごしてみませんか。
京都でお待ちしています。